コラム
水に生きるイルカたち(2)
公開日:2017.02.03
帝京科学大学生命環境学部自然環境学科准教授/鯨類研究者 篠原正典
水に触れ、水をみて、水に生きるイルカたち
イルカは「水」に生きる動物です。ただ単に「水棲の生き物である」といっているのではありません。彼らは水に抱かれ、水を感じ、水を操って暮らしています。そこには優れた触覚が大きく関わっていると考えています。なぜなら、体表全体に神経末端があり、とくに顔面部に高密度であるからです。
彼らは、4枚のヒレと口吻、そしてオスであればペニスももちいて、仲間に触れます。とても頻繁に。その機能的解釈(何の役にたっているのか)はまだ研究者が調べはじめたばかりですが、親和性を高める、仲直りをする、久しぶりの再会の緊張をほぐす、優劣を確認する…など、さまざまな可能性があげられています。それが結局何の役に立つのかとは別に、顔をヒレでこすってもらうようすなどをみていると、神経の集中した「顔面」をこすってもらうこと自体が、イルカにとって心も体も“気持ちいい”ことなのだろうと思えます。
優れた触覚は、「物」へも彼らを誘うようです。ちぎれた海藻や海洋ゴミであるビニールに触れ、それらを体の上を滑らせ、バランス良くヒレにひっかけて持ち運んだりします。紹介した動画は、小笠原で私たちが観察した、まさにそのようすです。とても“巧み”にみえるし、なによりとても優雅に振る舞っていて“たのしそう”に感じませんか。
この行動は、仲間との、ときに異種であるヒトとの“キャッチボール”に発展することもあります。動画を再度よくご覧になってください。中空(中水が正しいでしょうか)にビニールをいったん放って遠ざかったのち、再びゆっくりこちらに向かって来ますね。これはいったい…。そう、これはじつはとても残念なシーンなのです。観察している人を異種間キャッチボールに誘ってくれていたに違いありません。好きなイルカが目の前にいて“語りかけて”くれているのに、仕事!研究!の頭になっている私たち側が、貴重な異種間コミュニケーションの機会を逃してしまった、悔やんでも悔やみきれない残念シーンなのです。
長けた触覚は、イルカたちが水を感じ操るのにも使われます。彼らは「押す水の力」があたかも見えているかのように船首波に押されて乗り、「吸い付ける水の力」があたかも見えているかのように、子イルカが自ら泳ぐことなく母イルカに“だっこ”され持ち運ばれます。そして、人間ならばおののくほどの大波のなかでさえ、サーフィンをしたり仲間とチェイスし合ったりできる動物なのです。
彼らは、その中空(中水?)に何をみているのでしょうか。強い噴気や尾ビレの強いひとかきで、にわかに水のなかにリングや泡の曲線をつくり出し、それを“観賞”し、かみつぶし、ときにくぐろうとし、ときに水流を使って造形を試みたりもします。
彼らを見ていると、イルカは「水」に抱かれて暮らしながら、そこに、私たちヒトには見えない、触れられない、扱えないものを、たしかに“見て”“感じて”“操って”生きている動物だということがわかってきます。
イルカたちのこんな普通の暮らしぶりは、水族館でも毎日のように観察できます。水族館を訪れたときには、少しの時間をさいて、ショー(パフォーマンス)の時間以外の彼らを眺め、その超能力を楽しまれることを強くおすすめします。飼育関係者でも、研究者でもないあなたのその態度・姿勢こそが、イルカとヒトの双方がハッピーになれる、持続可能な関係性構築の礎になるのですから。そして、この関係性はきっと、イルカとヒトにとどまらず、自然環境全体とヒトとのつながりへと広がっていくことでしょう。